2つの世界

診断を得てから、私には世界が2つできた。発達障害を持つ仲間たちのいる世界と、当時所属していた世界と。
所属先で不適応を起こしたことが、診断につながったのだけれど、また同じ場所に戻ることになっていた。ボス1人に理解も得られ、なんとかがんばろうと思っていた。


でも当時の文章を見ると、適応しようとする自分と素の自分とが分離していて、バランスをとり難くなっていたみたい。結局、ノルマを果たした後に精神的に限界に達し、逃げるようにその場を去ることになる。回復するのに時間がかかり、以前戻ったことで得られた人間関係もほぼ全て失った。


同時に、自分の診断にも疑問を持ってしまい、せっかくつちかった医療機関との信頼関係も保てなくなり、全ての希望を失い、どこにも所属しない状態で1年近くたった。それが去年の春。
その後1年かけて、少しずつ元気を取り戻し、まずは元所属先の世界に復帰しようと試みていたようだ。元の自分に戻りたかった。今年の春に集まりに出ることになり、もう戻れないこと、私を見る皆の目は変わっていて、評価も低くなっていることを思い知らされた。そこでまたショックを受けた。


その頃から、もう1度診断について考えるようになった。1度は否定したものの自分の中にはやはり自閉の傾向があるのではと思うように。ただまたもや調子を崩していたので、医療機関に復帰できたのは夏になった。


もう自分の中に何かリソースを見出すしか方法はないなと思った。元の自分に戻りたい、とか以前の人間関係が懐かしい、というような執着を少しずつ手放して、新しく選んでいければと思う。2つの世界に分かれていた自分も、1つになるような気がしている。
でも世界は2つ必要かもしれない。バランスをとるために。


今日なんだかシンクロした文章。
Silent Voices: 昇るより降りる生き方
Silent Voices: 悲しみは時間だけでは癒されない
Silent Voices: 回復には必ず痛みが伴う


前回の診察で、先生に上で書いた、発達障害の世界から離れてしまったことを伝えると、大変驚かれた。それは私が辛かったからだと他者に共感してもらえたのはとてもありがたかった。
思い出すことの重要性を話してくださって、その中で「解離」という言葉を使われたのだけれど、どうも私の6年前と2年前の不適応は、そのこと自体がトラウマのようなものになってしまっているのかもしれない。起こったこと事態は、人が耐え切れないようなひどい事件、という訳でもないのだけれど、言葉でうまく感情を把握できない私にとっては、PTSD的になってしまったのもしょうがなかったのかもしれないと思った。