自分にできること

診断前後は、自助グループ活動に熱心だった。MLを立ち上げ、オフ会を開いたりしていた。自費出版で数人のメンバーと本も書いた。
その後転居先で、ASの中高生のグループ活動に関わらせてもらった。1年しかそこにはいられなかったけれど、専門家、チューター的大学生、親御さんの中に混ぜてもらって、子どもたちと過ごすのはなかなか楽しかった。その頃が一番、二次障害で苦しんだ自分みたいな子を増やしたくない、という気持ちが強かったように思う。親御さんと接して、定型の人にはASのことはわかりにくいのだなと実感したこともある。通訳的立場になれればと思っていた。


その後、二次障害が悪化、個人的に接触のあったASのお子さんともうまく関われなくなり、MLも放置したまま2年ほどたった。ASのことは忘れようと思っていた。


でも戻ってきた。今また改めて、自分が何ができるかということを考えるようになっている。